上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
『「すべてが論理的に解決できる」といった発想そのものが硬直的で危ういのです。』


部屋の片付けが概ね目処がついたところで、急にモチベーションが無くなり、ぼんやりと、カナダでの1年間、色々な方と議論したことを思い出していました。
ポジティブな議論も多かったのですが、時には、ネガティブな意見を持っている方を説得したり、主張を通すために議論を戦わせたり、「阿吽の呼吸」が通じない世界でしたので、それだけで疲れきってしまう日も少なくありませんでした。

この面で一番勉強になったのはなにか?と聞かれたら、表題の書籍で語られている、「論理的である、ということは、説得力がある、ということと繋がらない」ということを嫌というほど、肌で感じたことでしょうか。

一般に西洋人は、論理的な思考やディベートのトレーニングを初等教育の段階から受けており、とにかくロジカルに自論を展開できなければ彼らとは議論にならない、というイメージがありました。
ただ、実際には、論理的であるだけでは、人を説得できない、双方納得の上で先に進むことができない、といったことが、幾度となくあり、表題の著者、田坂広志氏の言う、「論理を語るのではなく、心理に語りかける」ということの重要さが、当地にいるからこそ、より強く実感できたと思っています。

田坂氏は「「心理に語りかける」とは、自分とは異なる価値基準を持つさまざまな人々の思いや気持ちを考えながら話をしていくという姿勢のことです。」と言います。
エンジニアリング的に言えば、論理を語るとは、自分の心の中の座標系を基準に何かを話すこと、相手の心理に語りかけるとは、相手の心の座標系を推定し、その座標系基準で話を組み立てる努力を行うことだと言っても良いかもしれません。
議論の目的は、相手を論破することではないのですが、それを忘れがちになっていました。

もう1点、帰国後実践したいと思っているのが、「衆知を集めて、自ら決める」という姿勢です。

カナダ赴任の1年間で、少しは成長したのか?
日本の仕事の現場で実感できれば、嬉しいなと思っています。

旧市街の分岐路
旧市街の分岐路

スポンサーサイト
BooksCM0. TB0 TOP▲
  
コメント
コメントする












 管理者にだけ表示を許可する?

トラックバック
トラックバックURL
→http://montrealspace.blog61.fc2.com/tb.php/443-25e74d20
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


     
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。